結婚して加古川で暮し始めた時、夫の給料は手取り13万円ほどだった。1982年当時の物価でも食べていくのが精一杯の厳しい新婚所帯、それでも良妻賢母を目指していた私は、1、2万円の貯金を捻出する為に毎日折り込み広告の特売品に印を付けながら、家計簿と相談し、膨らみ始めたお腹をさすりながらお買い得品getに精を出したものだ。
それから三年も経たないうちに状況は大きく変った。家計は私の手からもぎ取られ、思いもよらなかった方向へと堕ちていった。夫の給料は倍になったが、私が自由に使えるお金は0円、任されたお金は12万が食費、3万が日用品他の支払いに消えた。大酒飲み、大食いの夫に食費を節約しようものなら、すぐさまテーブルがひっくり返る生活に一転した。
夫が身に不相応な、放逸な生活破綻者の生き様を見せ始めた時、私や娘に対する陰湿な暴力も始まった。破壊された家庭の中で怒号や泣き声が絶え間なく行き交う、生き地獄の日々・・・・・もし、南無妙法蓮華経と唱えなかったら、日蓮正宗にめぐり逢えなかったら、確実に発狂か自殺を遂げていただろう。・・・幸せな家庭を築き、夫を立派に出世させ、愛娘を立派に成長させることが、命をかけるに値する、かけなければならない願いであり夢であり使命だとも一途に思ってきた私だから。御本尊様はシビアな酷い現実から私の純情を守って下さったのだ。
歌を詠み出した頃の平成9年は、夫との生活に限界を悟り、訣別を考えるようになった。翌年実際離婚し、父親の僅かな遺産を頼りに娘と大阪へ出て来たものの、仕事に就けず家計は逼迫する一方だった。娘がフリーターで働くようになった今も依然生活苦がつきまとうが、不安でノイローゼになったり、追い詰められて自殺しても当然といえば当然の状況の中で歌なんど詠んで生きているのだから、仏様の大慈大悲の有り難いオブラートに包まれて地獄の水を漂っているのだろう。オブラートが溶けるころには、水はきっと成仏という甘露に変っているにちがいない・・・・・
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【1997年春】

小女子の くぎ煮を炊いて 春の菜 外は春雨 春の宵かな
(いかなごのくぎ煮を手作りして親戚におすそ分けした時に添えた、春づくしの歌。初めて詠んだ)
売り出しで 買ったアサリを 貝汁に すすれば瀬戸を 彷彿させる
(アサリ=小学生の頃毎年行った潮干狩り。瀬戸内だった)
春苺 タッパの中で ひしめくや 思わず出る手 その可愛さに
(特売のちっちゃな苺4パック入り1箱を買って来ると、一度に洗ってタッパに。絵を見るようにきれい!)
春苺 赤黄緑の 鮮やかさ 一つ食めば もどる童心
(昔から苺が好きだった、味も外見も。何故だろう、食すると、おとぎ話の主人公の心地に??)
二、三枚 めくってみれば 次もかと やせゆくレタス 惜しげにめくる
(映画「痩せゆく男」をもじって。レタス高騰の折、一枚も無駄にするものか・・・)
ひな祭り 毎年のこと 寿司を巻く 毎年のこと ほっとするのも
(愛する娘の節句、何はなくともこれだけは・・・毎年この義務めいた意気込みでがんばる私)
【1997年夏】

日が暮れて 娘と買い出し ディーランド 目を皿にする 値引きの残滓
(閉じこもりの娘は夜しか外出できない。その子を連れて、夜しかない半額品をディスカウント店で漁った日々)
雨の中 ひた走る我 ぽつぽつは やがて激しく 踏み込むペダル
(買い物帰りに大粒の雨がパラつき出して「夕立かも?」と気が急く。やがて本降りになり、こぐ足も一段と加速して)
華やかに 咲きしツツジの 退色や 無常の悲哀 胸打つ今は
(夫の暴力を逃れて娘と一晩ビジネスホテルで明かし帰る途中、道端に咲く美しいツツジの無惨な衰えが我が身とダブって身にしみた。今は逃げまわっている惨めな母娘だが、かつては世間並みの幸せを噛みしめた日々もあったのに・・・)
文月や ボーナス軽く いざそごう いつも側目の WELCOME踏む
(夫から任された万券一枚を財布に、普段は横目でにらむだけのデパマットを堂々と踏んで来店!)
【1998年秋】

旅人の 切なき想い ひかりにて アンニュイ戻る ローカルの人
(在来線に乗りかえたとき、旅愁の甘い感傷も消え、旅は終わる。後には余韻だけが日常の倦怠感に包まれて)
【1998年冬】

若い娘に 負けじや向かって ペダルこぐ バランスくずした おばさんの累
(自転車2台がどうにか通れる細い道でのこと。軽快に走らせて来る娘に対抗しようとスピードを落とさずこいでしまった。結果、よろめいて娘も巻き添えに。幸い、当たらずに済んだ)
【2004年冬】

気咎めど 首長くした 白い華 雪国行けぬ 我が貧恨む
(連日流れる豪雪地方の痛ましい被害。不謹慎とは知りつつも待ち焦がれていたのだ、降ってははらりと消えてゆく泡沫の、この雪を。・・・お金さえあれば、こんな後ろめたい思いもせずにすむものを)
出入橋 過ぎればそこは 別世界 人ビルきらり 食いつめ悲し
(会社の面接を受けにバスに揺られて梅田へ出る途中で。今回もダメだろうという思いが物事を悲観させるのか、車窓に展開する大都会の煌めきが自分とは生きる次元の違いを突き付けているようで、辛かった)
【2005年春】

まばゆい季 光る風風 おどる顔 知ってか知らずか 人春に舞う
(4月6日、所用で街に出て。春風が太陽と共に爽やかに吹き抜け、髪をなびかせているどの顔も一様に喜び輝き、無意識のうちにも春を謳歌して踊ってる表情に!)
【2005年冬】

あゝうれし 半額引きを 見つけしぞ 食いつめ者の 切なる一瞬
(遺産をほぼ食い潰し、この頃は肉や魚が定価では到底口に入らないところまで追い詰められている。が、御本尊様のお護りだろう、近くのスーパーが結構半額サービスをしてくれるので、うまくgetすればおいしいタンパク質を安価で摂取出来る)
盗まれて 気になる路傍の チャリンコよ もしやもしやの 探し目辛し
(娘の不注意で私の自転車が盗まれた。生活が苦しいところにまさに泣きっ面に蜂、戻って来ぬとはわかっていても、未練の探索が3ヶ月続いた)
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